福建省南部に位置し、台湾海峡に面するアモイ市では、面積約130方㌔㍍のアモイ島を中心に大小の島々などで約200万人が暮らす。年間の平均気温はセ氏21度。冬場でも温暖な気候を求め、海外から大勢の観光客が訪れる。最近では韓国のゴルフ客が急増している。アモイは漢字で書くと「厦門」。北京語では「シャーメン」と発音する。現地の方言、閩南語による読み方がそのまま日本で定着したようだ。
地元出身で東南アジアの天然ゴム事業で財を成した有力華僑、陳寿庚は1920年代、約一億㌦相当の資金を投じ、中国で初めて小学校から大学まで一貫教育の「集美学校」を創設した。
東洋と西洋の建築様式を融合させた校舎はいまも残り、運営はアモイ大学などに引き継がれている。アモイ出身の華僑はいまでもシンガポールなどで活躍。市内には華僑博物館もあり、歴史や暮らしぶりを紹介している。
アモイは明朝末期に活躍し、近松門左衛門の代表作「国性爺合戦」のモデルになった鄭成功の拠点だった。
日本人を母に持つ鄭成功は十七世紀後半、オランダから台湾を奪い取り、ここに本拠地を移して清朝に抵抗した。
金門島まで約二㌔というアモイは台湾に最も近い中国の都市だ。
「三民主義」 (民族・民権・民生の三主義)の看板はアモイから望遠鏡でかすかに見える。
一方、アモイ側には「一国両制統一中国」という看板が金門島を向いている。
中国政府は1980年、アモイを深洲や珠海、仙頭とともに外国企業に優遇策を与える経済特別区に指定した。
いわば故鄧小平氏が指揮した「改革開放」路線の先兵だが、90年代半ばまでは台湾企業が投資の主役だった。
毎年九月には中国政府が市内の展覧会場を使って海外企業の誘致・商談会を開催。昨年は日立製作所が会場に大型の代表団を派遣するなど、外資にとっても格好のPRの場となっている。
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